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シャコンヌ 〜僕を牽引し続けたもの〜

 前述しましたとおり、父はオーディオマニアで、主にクラシックとジャズを聴いていました。父の書斎には黒い円盤のプレーヤーが鎮座していました。僕がもっと小さかった頃には、オープンリールのテープデッキなんかもありました。LPレコードは(一部SPも!)相当な数がありました。僕がギターを始めた頃はまだ、CDが一般庶民向けに登場するのは4〜5年先の話でした。ギターをやるようになってから、父にねだって何枚かのレコードを聴かせてもらいました。残念ながらギターに関しては、ジュリアン・ブリームのデビュー早々の頃と思われる、かなり古いものしかありませんでした。僕自身はブリームを聴いた事はなかったし、合奏をやっていた事もあり、僕の興味はどちらかと言えばバロックの室内楽曲や協奏曲に向いていました。そう、ヴィヴァルディとかヘンデルとかね。

 やがて僕が初めて聴いたバッハの曲は、あまりにも有名なオルガン曲「トッカータとフーガ(BWV565)」。奏者は、僕が今でも最高のオルガン奏者と思っている、ヘルムート・ヴァルヒャでした。荘厳なオルガンに圧倒され、同時にバッハという作曲家にとても魅かれたのですが、それは、僕が少しばかりでも演奏可能な唯一の楽器、ギターとは縁が無さそうに思えました。

 それから暫くして。地元の駅ビル内のお店で、初めて自分でギターのレコードを買いました。アメリカ人のギタリスト、シャロン・イズビンの国内デビュー盤でした。僕はどうして初めて買うレコードで、そんな無名(当時ね)なギタリストのレコードを選んだのでしょう?・・・僕は所謂クラシックギター曲、例えば「禁じられた遊び」「アルハンブラ」等に殆ど興味が無くて・・・。でもお店に並ぶレコードには大抵、そんな2曲が含まれていて、どれも同じような「名曲集」みたいなものばかりで、「欲しい」とは思えませんでした。でもさほど大きくないレコード店での、クラシックギターのレコードの取り扱いは、そんなものでした。

 ジャケット裏面を見て、それらの2曲が収録されていない一枚を見つけました。それが上述のLP。その中の第一曲。それはあのバッハの曲でしたが、知らない曲名でした。しかし、演奏時間15分という長さに只ならぬ感情を覚えました。あの「トッカータとフーガ」の2倍近い演奏時間です。およそ、ギターという楽器には相応しくない長さに思えたのです。

 帰宅後暫くして、家の一室には、放心状態でそのレコードを聴き続ける、僕の姿がありました。明と暗と、静と動との、音が紡ぐドラマが僕を満たしていました。

 その一週間後、地元の楽器店に、楽譜を探す僕の姿がありました。その楽器店で見つけられなかった僕は翌週、都心へ出向いていました。「大人の街」銀座を、中学生の僕が一人で歩いていました。日本の楽器店の中枢とも言える、ヤマハ。そこに行けばきっとあるだろうって。都心なんて殆ど行った事のなかった僕には、ヤマハは凄く大きな店に思えました。中学生の自分にとっては高価な分厚い曲集が居並ぶ中で、僕は一曲単位販売の「全音ギターピース」の中に、その曲を見つけました。ジークフリート・ベーレントというギタリストの編曲でした。紐解くと・・・演奏時間から予想はしていたものの、そこには257小節という、膨大な長さの五線譜が横たわっていました。こんな膨大な曲、自分にはまだとても・・・。絶望的な思いが、僕をレジに向かわせるのを躊躇させました。その時僕はまだ、ギターを手にして2年目だったんです。専門的に習っている訳でなく、部活でやっている程度。でも・・・譜面を眺めているだけでもいい。そう思って僕は買って帰る事にしました。

 躓いたのは僅かに2小節目。部活で合奏(単音演奏)を繰り返していた僕は、本格的独奏の2小節目最初の運指で早くも行き詰っていました。左指の配列を反転させる部分で思うように指が動かなかったのです。それを何とかクリアするのに1週間。1フレーズとなる4小節を通しで弾けるようになるのに1ヶ月。重厚な冒頭部が終わると、音符数は減ったけれレガートに歌わせなければならない変奏部が。それが過ぎるとあの恐ろしい長大なスケールが。やっぱりギター二年生如きが挑戦する曲じゃない・・・何で投げ出さなかったのか、今となっては良くわからないけれど、とにかく僕は日夜ひたすらにその曲に挑んでいました。

 初めて、最後まで通して弾けたのは、2年半後でした。それもつっかえつっかえながら。自分が自分に打ち勝ったような気がしました。まだ、単に音が出せた、というだけで表現も何もあったもんじゃなかったのにね。でも嬉しかった。

 高校三年の文化祭、即ち部の定期演奏会。普段の部活動練習からはさすがに遠ざかっていましたが、校内外の15人の聴衆の前で、僕は「シャコンヌ」を初めて人前で通して弾きました。楽譜はヤマハで買ったあの編曲ではなく、自分なりに書き起こした編曲譜になっていました。弾き終わったときの充実感は、それまでの短い人生のどんな場面でも、得られなかったものでした。本来なら僕は高校卒業後の進路を決めなければいけない時期に来ていました。時節柄ギターなんか弾いてる場合じゃない。受験勉強・・・。そんな筈でした。でも、あの時僕に大切だったのは、あの曲を弾き切る事でした。

 大学進学して一人暮らしを始めた僕は、何故かギターを実家に置いて来ました。新しい環境に慣れる事が大事だったし、どうせ万年床になる(笑)六畳一間の新しい家には、ギターはやや邪魔でした。でも、僕の悪い癖で(今でもそうですが)すぐに家の中がモノで溢れかえる。犯人の大部分は本や雑誌。どうせ散らかるなら・・・と、一年が経ってから、やはりギターを持ってきました。真っ先に弾いたのは、やはりシャコンヌでした。一年の間に、刃毀れするように部分部分をを忘れてしまっていたけれど、その夜、僕はひっそりと一人で久しぶりのギターの感触を確かめていました。

 本格的にシャコンヌ以外の独奏曲に取り組み始めたのもこの頃からでした。高度な曲にも次々と挑戦しました。
 僕がそうした曲への挑戦が出来るようになった礎は、シャコンヌの練習が知らず知らず鍛えていたのです。基礎練習大嫌いだったのにね。

 現在でも、ギターを手に取ると、真っ先にシャコンヌを弾きます。さすがにン十年も弾いてきて、少しはサマになる演奏が出来るようになりました。でも、あの世の大バッハが聴いたら、『まだまだ』って言われるに決まってる。死ぬまでには、何とかしたいもんです。ホント。


☆長々とスクロールして最後まで読んで下さったあなたに、僕の「シャコンヌ」を♪ (上手くないけどね^_^;) 2007年1月録。